東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)82号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点)については、当事者間に争いのないところである。
二 本件審決を取り消すべき事由の有無についての判断
1 本願発明及び引用例記載の装置の構成及び効果
(一) 前示の本願発明の要旨に、成立に争いのない甲第二号証の一(昭和五三年四月二〇日付手続補正書による全文訂正明細書及び図面第1図ないし第3図(a)(b))、同号証の二(出願当初の明細書添付の第4図)及び甲第三号証(昭和五七年六月二一日付手続補正書)並びに甲第五号証(特公昭三二―八三四六号特許公報)を総合すると、本願発明は、パターン焼付等に用いる超精密パターンジエネレーター装置等に実装可能な焦点検出装置に関する発明であるが、本件審決が周知例として挙げた「光学装置の完全自動式精密調整法」に係る特公昭三二―八三四六号特許公報にみられるような従来の焦点検出装置においては、対物レンズを通過した光が運動するスリツト上に結像し、このスリツトを通過した光が間歇的に光電装置に入射し、その光電装置からの光電流の中に含まれた周波数の電流強度を自動的に変化させて比較することによつて光学装置を精密調整していたので、感光面を特定の光学的長さの箇所に配置することが必要となり、また、スリツト盤上の固定像の一定領域内でスリツトを運動させることが必要になることから、感光面の凹凸に対して焦点を検出しながら焼付することが不可能であり、また、スリツト盤の大きさや運動領域をミクロン単位もしくはそれ以下に製作し、運動させることは現実的に不可能なことであつたこと(本願明細書三頁一〇行ないし四頁一〇行)、本願発明は、超精密パターンジエネレーター装置に組み込み可能な程度に高精度の焦点検出装置を提供することを目的として、その特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採択したことによつて、「常に焦点を正確に、且つ迅速に検出でき又焦点の検出に光を用いたことにより感光材等に歪、傷などを付ける心配がなく、レンズの焦点深度がいかなるものでも焦点検出が容易である。」(本願明細書一六頁一六行ないし一七頁四行)との効果を奏すること、及び前記従来の焦点検出装置の構成に照らして、本願発明の構成上の特徴点は、その構成のうち、明暗の境界を有するパターンを使用して、そのパターンの映像を投影面に投影し、この投影面からの投影パターン像を測定素子上で移動させる(よぎるようにさせる)ようにした構成にあることが認められる。なお、原告は、本願発明の効果として、本願発明に係る焦点検出装置をパターンジエネレーター装置に用いたときの焦点検出の迅速性などの効果を主張するが、本願発明の特許請求の範囲の記載及び本願明細書における「本発明はパターンジエネレーター装置に用いるのみでなく、他の光学機器の焦点検出にも用いられることはいうまでもない。」(本願明細書一六頁一六行ないし一八行)との記載に照らしても、本願発明に係る焦点検出装置は、単にパターンジエネレーター装置に限つて用いられるものではなく、パターンジエネレーター装置などの焼付装置もしくはカメラ、映写機などの撮影映写装置など通常、一般に光像を処理する光学機器もしくは装置とみとめられるもの(本願発明の目的、実施例の内容及び別途焦点合わせのためのパターンを用いていること等からして、本願発明に係る焦点検出装置が引用例に記載されたようなレーザ加工装置にも用いられるものとは認められないが、この点は後に技術内容の相違との関連において詳細に検討する。)に適用されるものであるから、パターンジエネレーター装置に用いられた場合の実施例の数値をもつて、本願発明の固有の効果と評価することはできない。
(二) 他方、成立に争いのない甲第四号証(特公昭四六―一九二七〇号特許公報)によれば、引用例(本願出願前に日本国内において頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)は、「レーザ加工装置」の発明に係る特許公報であるところ、引用例に記載された焦点検出装置は、レーザ光線を被加工面に収斂させて加工するレーザ加工装置用の自動焦点制御装置であり、引用例の発明自体は、この自動焦点合わせ機構を設けることによつて、従来のレーザ加工装置における実用上の大きな欠点、すなわち、「加工する部分を移動するたびに焦点合せをしなければならず、極めて時間が掛り連続的な加工作業をすることは不可能で」あつた(甲第四号証二頁三欄八行ないし一一行)という欠点を除去することを目的としたものであり、引用例自体の発明は、その特許請求の範囲に記載された「レーザ光を発生するレーザ装置、このレーザ装置からのレーザ光を被加工体の表面上に集束する第一のレンズ、上記第一のレンズを通過して上記被加工体の表面に照射されてこの表面で反射した反射光を集束する第二のレンズ、この第二のレンズで集束された上記反射光を通過するピンホール、このピンホールを上記反射光の光に沿つて振動させる振動機構、上記ピンホールを通過した上記反射光を検出する光検出器、この光検出器の出力を上記振動機構からの信号で同期整流する位相検波器、及びこの位相検波器の出力により上記第一のレンズの上記被加工体に対する距離を制御する装置を備えたことを特徴とするレーザ加工装置」とする構成を採用したことによつて、レーザ加工装置が被加工物を常に効率よく加工できるように、絶えず対物レンズの焦点位置を被加工面に設定して自動的に焦点合わせを行なうことにより、第2図にみられるような従来行われていた肉眼による調整の必要もなくなり連続的な加工ができるようになつて加工時間を極めて短縮できるようになつた(同三頁六欄一三行ないし一八行及び二頁三欄一二行ないし一五行)という効果を奏するものであること、その実施例である第3図の説明として、「14は光源、15は光源14から照射される平行光、・・・18はレンズ17で結ばれた焦点位置で振動する振動ピンホール、19は振動ピンホール18を振動させる振動機構、20は振動ピンホール18を通過した光を検知する光検知器」(二頁三欄一六行ないし二四行)であり、「光源14から出た平行光15を、半透明鏡9、10により加工に用いるレーザ光2の光軸と一致させ、対物レンズ3により被加工物5の表面に結像させる。被加工物5の表面で拡散反射した光を同じ対物レンズ3、半透明鏡10、9、反射鏡16、レンズ17により、振動ピンホール18に焦点を結ばせる。振動ピンホール18は振動機構19によりレンズ17の光軸と平行に振動しており、従つて振動ピンホール18を通過した光は変調を受けて光検知器20に達する。」(同二頁三欄三一行ないし四一行)、及び光源14の代表的なものとしては「連続発振のHe―Neガスレーザ装置である。」(同二頁四欄二八行ないし二九行)との記載のあることが認められる。右認定に係る引用例の記載内容から明らかなように、引用例記載の自動焦点制御装置は、レーザ加工に用いることを前提としたものであるところ、レーザ加工装置においては、平行光線であるレーザ光線を被加工面に光スポツトとして収斂させ、レーザ光線による最大エネルギー密度を得ることが必要であるから、そこで用いられる焦点検出装置も、この最大エネルギー密度を検知することを技術課題とし、そのための焦点検出系が構成されたものであり、具体的には、光源として平行光線を用い、かつレンズ17によつてできるスポツト像の位置が振動ピンホール18(本件審決のいう振動機構)のところにあることによつて、被加工面におけるレーザ光線による最大エネルギー密度を検知し得る構成のものである。
2 取消事由1(引用例の誤認)についての判断
先ず、本件審決が引用例記載の自動焦点制御装置についての認定を誤つたかどうかについて検討する。
(一) 引用例には、前記認定のとおり「光源14から出た平行光15を、半透明鏡9、10により加工に用いるレーザ光2の光軸と一致させ、対物レンズ3により被加工物5の表面に結像させる。」との記載があるほか、平行光線によつて形成された光スポツトが「像」として記述されている(引用例二頁三欄一行)のであるから、光スポツトについては、正確には原告の指摘のように「収斂」なる用語を当てるべきものであるとしても、「像」あるいは「結像」と表現したとしても、その意義が十分に理解できるものである以上、本件審決が引用例に「焦点合わせのための光源を被加工面5上に結像させるレンズ系3」との記載があると認定したことをもつて誤りとすることはできない。
(二) 次に、前記認定のとおり引用例記載の自動焦点制御装置における振動機構は、光検出器の前に設置されたピンホール18(本件審決のいう振動機構)であるが、これは、反射光の光軸に沿つて振動させる構成のものであり、引用例記載の装置では、光源の光スポツト自体はピンホールの振動により変化しないのであるから、その光スポツトを光検知器に対して相対的に変位させているとはいえない。したがつて、本件審決が引用例に「焦点合わせのための光源の光像を光検知器に対して相対的に変位させるための振動機構18を設け」との記載があると認定したことは誤りである。
(三) 以上の事実に基づき本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、本件審決が摘示するとおり、焦点合わせ用光像手段として前者の明暗の境界を有するパターンと後者の光源が、結像面として前者の投影面と後者の被加工面が、また、前者の測定素子と後者の光検知器がそれぞれ対応関係にあるものと認められ、両者の一致点については、本件審決の摘示のうち、両者が「焦点合わせ用光像手段の像を測定素子に対して相対的に変位させる手段」を設けているとの点は誤りであるが、他の一致点の摘示に誤りはない。次に、相違点は、(1)焦点検出の際に用いられる焦点合わせ用光像手段が、前者では対象が焼付装置であるため、明暗を有するパターンであるのに対し、後者では対象が加工装置であるため、光源である点、(2)焦点合わせ用光像手段の像について測定素子において検出信号を得るに際し、前者は投影パターンの明暗の境界が測定素子の面上をよぎるように構成する機構を有すると限定しているのに対し、後者は焦点合わせ用光像手段の像の結像位置において振動機構を設けた点、(3)測定素子において検出信号を得るに際し、前者が焦点合わせ用光像手段の像を測定素子に対し相対的に変位させているのに対し、後者では相対的な変位が行われているとはいえない点において相違するものということができ、本件審決はその摘示に係る相違点(2)についてその前提事実を誤つて両者を対比し、また、前記(3)の相違点を看過したものというべきである。しかして、本件審決のこのような認定判断の誤りは、前記(二)の引用例記載の発明の誤認に由来するものである。
3 取消事由2(相違点についての判断の誤り)についての判断
前記のように本件審決は引用例記載の発明の一部を誤認した結果、本願発明との相違点を誤認及び看過したのであるが、右の誤認及び看過の点をも含め、以下において、当業者が右の構成上の相違につき容易に想到し得るとした本件審決の判断の当否について、技術分野の差というものを念頭におきつつ検討する。
成立に争いのない甲第五号証(本件審決の挙げた周知例)、乙第一号証(半導体結晶の局部表面処理方法」に係る特公昭三九―六四一三号特許公報)、乙第二号証(投映機におけるフオーカシング検知装置」に係る特公昭三九―一八七三四号特許公報)、乙第三号証(「レンズのピント検出装置に係る特許公報、乙第四号証(「焦点調節装置」に係る実公昭四〇―二〇三三四号実用新案公報)並びに乙第五号証(昭和二九年六月二五日近代写真社発行の「引伸機の選び方・使い方」七八頁)を総合すると、本件審決が摘示するとおり、本願出願前においても、焼付装置や撮影・映写装置の焦点合わせのために、明暗の境界が鮮明なパターンはひろく用いられ、この明暗の境界を有するパターンの像を測定素子に対して相対的に変位して、明暗の境界が測定素子面上をよぎるように構成する技術は周知のことであつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。しかしながら、既に認定したとおり引用例記載の自動焦点制御装置は、レーザ加工装置用のものであり、それは主として金属加工を目的とするもので、焦点合わせの技術が含まれているとはいえ、一般に光像を処理の対象とする光学機器もしくは光学装置の技術分野のものとは認められないし、引用例自体の発明がレーザ加工装置であるために、加工用光だけでなく、焦点合わせ用の光としてもレーザ光源からの平行光線が用いられており、焦点合わせの目的が、被加工面に光スポツトとして集束され、「収斂」される光の最大エネルギー密度を検知することにあることから、合焦状態の検知のためにも被加工面上に集束した光スポツトからの反射光を振動機構の位置に再び集束させていることは既に認定したところから明らかである。このように、引用例記載の自動焦点制御装置の対象が、本願発明が焦点合わせの対象とする光像を処理の対象とする光学機器もしくは光学装置の技術分野のものとは認められないことに加え、焦点合わせの具体的な目的、用いられる光の違い、焦点検知のための振動機構の構成及び機能の違いを勘案すると、焼付装置や撮影・映写装置などの光学機器もしくは光学装置を扱う当業者が、技術分野を異にし、いわば金属加工の分野に属する右のようなレーザ加工装置に係る引用例記載の発明の存在に気付き、これを焼付装置に転用すべく同発明において焦点検出の際に用いられる焦点合わせ用光像手段に代えて明暗を有するパターンに関する技術を採択し、本願発明を想到することは、右技術が周知であることを考慮に入れても容易になし得るところとは認められない。
この点についての被告の主張は多岐にわたるが、要するに、レーザ加工装置用と焼付装置用に共通した焦点検出のための光学系という把握をしたうえ、ぼけの具合を検知する原理が共通する点を強調するにあると解せられるところ、引用例記載の焦点制御装置が、前記認定のような目的、構成及び機能をもつものであり、一般に光学機器もしくは装置とされる技術分野のものと大きく掛け離れているうえに、光像を処理する光学機器とは、具体的に用いられる光や検知手段など構成及び機能の違いがあるのであるから、これらの引用例記載の装置に固有の基本的な技術内容の相違点を離れて、概括的な焦点検出装置の光学系における焦点検出の原理の共通性を主張することには、合理性がなく、この点の被告の主張は失当である。
右のとおり前記周知事項を引用例記載の技術に適用し得ることを前提とした本件審決の相違点についての判断は誤りであつて、この点の誤りが、本願発明について引用例記載の事項及び周知の事項に基づいて当業者が容易になし得るものとした本件審決の結論に影響を及ぼすことも明らかであるから、本件審決は、違法として取消しを免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
明暗の境界を有するパターン、該パターンの少なくとも一部の映像を投影面に投影する第一の光学系、測定素子、前記投影面に投影されたパターンを前記測定素子上に投影する第二の光学系、該投影パターンの明暗の境界が前記測定素子の面上をよぎるように構成する機構を有し、前記測定素子で検出した測定信号により光量変化速度を検出し前記投影面の合焦状態を検出することを特徴とする焦点検出装置。